今回のインタビューゲストは、工学院大学で工学部機械工学科の助教をされている長谷川浩司さんです。博士前期課程を修了後、経営コンサルタントでの職歴をお持ちの長谷川さん。高専や大学時代のお話から、長谷川さんの考える、これからの研究者に必要なことまで、様々なお話を伺いました。

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プロフィール

学歴

2006年3月 茨城工業高等専門学校 電子制御工学科 卒業

2008年3月 筑波大学 工学システム学類 エネルギー工学主専攻 卒業

2010年3月 筑波大学大学院 博士前期 システム情報工学研究科 構造エネルギー工学専攻 修了

2013年3月 筑波大学大学院 博士後期 システム情報工学研究科 構造エネルギー工学専攻 修了

職歴

2008年4月-2009年3月 (株)イーオン・イーストジャパン

2010年4月-2012年3月 プライスウォーターハウスクーパース(株)

2012年4月-現在 工学院大学 工学部機械工学科 助教

 

−はじめに、高専での5年間の印象はどうですか。

普通高校に行くと、大学入学に向かって勉強をしていくと思うのですが、高専の場合は、ほんの2年の差ですけど、選択の自由が与えられていたと思います。

15歳から20歳の5年間は、いろいろな事を考える年頃だと思うんですね。その5年間の途中で、地元の友達が18歳で大学に行ったり就職したりという選択をしているのを見るのは、自分はどうするんだろうと考えるきっかけだったりはしますよね。そこで、さらに進学なのか就職なのかというのを19歳とか20歳のタイミングで選べ、進学するのであっても受験勉強に惑わされず、「この研究室に行きたい」という理由で大学を選ぶことができるのはよかったと思います。

 

−高専卒業後の進路はどのように決めたのですか。

大学は筑波大学に編入しました。理由は3つありまして、1つ目は宇宙関係の研究がしたかったんです。筑波だと研究施設が近くにあり、JAXAもあるので共同研究などでお会いできる事があるのではと思っていました。2つ目は、実家から近いということ。近いと何が良いかというと、高専時代から通っている英会話学校に、金銭的な面でも引き続き通えるということでした。3つ目は、総合大学がよかったんです。なぜならば女性がいた方が良いなと思って(笑)。

あとは、どこに行くかより何をしたいか、自分の軸がちゃんとあるのが大事だなと思いました。研究だとどの研究室がよいか、各大学に絶対に各分野随一の人はいるじゃないですか。また、高専の5年生の時には既に研究者になろうという気持ちがあったので、編入前に大学のシラバスをみて教科書を読み、大学に入る前に全部勉強しちゃって、入学後の大学の授業中には大学院の勉強をして、論文を読んで、という事をしていました。今でもそうですが、特に当時は学問に恋をしてましたね(笑)

 

−大学では学生団体の設立などもされていたんですね。

大学時代は、筑波大学に編入した同期がとても優秀かつ仲が良くて、一緒にHERCULESという団体、今でいうビジネス系、起業家サークルを立ち上げました。毎週プレゼンテーションやグループワークして、長期休暇中はビジネスコンテスト等の他団体での活動に参加をしてました。

また大学4年生時には、STeLA(科学技術におけるリーダーシップスキルの育成、ネットワークの構築を理念に掲げている団体)が実施した1週間程度の合宿形式のフォーラムに参加しました。STeLAでは、MITとかハーバード大学に在学している様々なバックグラウンドを持った学生たちと朝から晩までのディスカッションを通して交流を深めました。

 

−どのようなきっかけでビジネスに関する団体を作ろうと思ったのですか。

研究者になりたいと思ったときに、多分これからの研究者は1つの専門性だけでずっと研究していくだけでは世の中で戦えないと思いました。

そこで何が必要なのかと考えたら、研究を産業化する力、さらにいえば資金調達する力や、ビジョンを構築する力、つまり経営者の考えだと思ったんです。そうなると、研究以外のものも自分で積極的に学び、研究と他の分野のかけ算をしていかないと、視野が狭窄してしまうんじゃないかと思ったのがきっかけです。

 

−大学院生活はどうでしたか。

修士の1年の時に、ずっと通っていた英会話学校で週2で非常勤講師をやっていました。いわゆるバイトではなく、入社試験を受けて契約社員として働いていました。研究室の先生には、「長谷川はまた何をしてるんだ」と言われましたけど(笑)。大学院では熱流体工学の分野を研究していました。もともと高専では電子制御工学科だったのですが、なんとなく熱流体分野がかっこよく見えて専攻を選びました。

その後、修士を出て経営コンサルティング会社に入社し、2年働いた後、今の大学で助教になると同時に博士課程に入学をしました。運任せで結果的ですが、標準的には3年間の博士課程であるところを、経営コンサルタントの2年と助教での1年かつ平行して博士課程の1年のパッケージを勝手に作って博士号を取りました(笑)。

 

−研究者になろうと思いつつの就職だったんですか。

そうですね。それこそ、入社してすぐの4月の人事面談で、研究者になるための前段階としての修行として入りましたと明言していました。博士課程に修士からそのまま進まず、一旦外に出て、多くのものを吸収したいと思ったんです。

私は30歳までにはドクターとりたいなと思っていたので、超短期でいいから超集中して働きたいと思い経営コンサルタントになりました。

 

−先を見越していろいろな選択をされてたんですね。

自分のポジショニングを確立することは意識していました。どこの市場で戦うか、研究をどの分野でするか。王道中の王道でトレンドになるのも良いんですけど、そこは競争が激化して後から参入しても勝てないので、トレンドになる前のところを自分でちゃんと分析して、どの方向性に舵をとってどういう課題に取り組んでいくかを、人より半歩先くらいでやらないと、とは思っています。

 

−今後の夢や目標を教えてください。

研究分野では、新しい研究領域を作りたいなと思っています。新しい何かを生み出していきたい。プロダクトというよりは、新しい領域、概念を作りたいなといつも考えています。今の研究者という仕事は、研究成果を出して世界を記述していくことだと思うんですね。なので、研究者としては今まで誰も発見していない何か、予測式や方程式みたいな物を作りたいですね。

また教育でいうと、私自身が、友達や周りの人から誘われて、怖さを乗り越えて新しい1歩を踏み出すことで何かが生まれて、今から振り返るといい経験できたなと思う事が多いんです。なのでそれを教育として学生に還元して行きたいですね。学生からすると国際学会での発表やディスカッションなど怖いとは思うんですけど、怖さを乗り越えてこそ次につながるんで、目標を常にたどり着くかたどり着かないかぎりぎりのところに設定して、チャレンジしてもらいたいと思っています。今年30歳になったので、20代の過去の10年間で得たものを踏まえて、今後の10年は、この先につながる何か、種探しをする期間になりそうですね。

 

−後輩へ、メッセージをお願いします。

マイノリティであるという武器を意識してほしいなと思います。高専生であることに悩む人もいると思うんです。高専出身って言った時に、相手によっては高専そのものから説明しなきゃいけない時もあったり。しかしそんな高専が、皆さんのオリジナリティのある思考を育んでいるし、キャリアとなり、交友関係を生み出していると思っています。

高専生は少ないし、変わっている人が多い。それが時にはおもしろいと形容されていると思うんですけど、同時に武器となる事を知ってほしいなと思います。

 

インタビュー:河内あゆ